「ゼロ葬」お葬式の新しいカタチ

「ゼロ葬」お葬式の新しいカタチ

「お墓をつくっても、それを守してくれる人がいない場合、どうしたら良いんでしょうか?」「お葬式をしないっていうのは非常識なんですか?」
そんな方へ向けて記事を書いています。
新たに広がってきた、ビジネスとはかけ離れた「ゼロ葬」について、まとめました。

「お金がなくて墓が持てない」「埋葬を頼める親族がいない」という場合、遺骨を引き取ることになったら、あなたはどうしますか?
いま、こうした行き場のない遺骨が急増!こうした中、3万円前後の手頃な価格で遺骨を引き取る新たなサービスが広がっています。

最初は葬式をしないからゼロってことね、ご遺体を火葬場に直接搬送する「直葬」のことでしょ、と思っていました。

そうすると、「行き場のない遺骨」?「遺骨を引き取って」もらう??

1.「ゼロ葬」とは

宗教学者で、「0葬」の著者でもある島田裕巳さんが提唱されているのが0葬です。0葬と「ゼロ葬」は同じです(以下「ゼロ葬」)。
「ゼロ葬」とは、火葬したらそれで終わらせることをいい、遺骨の処理を火葬場に任せ、一切引き取らない方法です。
多くの火葬場では遺骨の引き取りが原則とされていますが、場所によっては引き取らなくても構わないところがあり、その場合は火葬場で処分されるか寺院の境内に埋めて供養してくれるとのこと。

2.「ゼロ葬」を勧める理由

 戦前の日本には、「葬式」に求められる役割がありました。日本はまだまだ貧しく、人々が天寿を全うできる状況になかった。戦争や天災、疾病などで命を落とすことは“日常”でしたし、大往生は限られた者にしか許されなかった。若くして亡くなった無念を晴らすために遺された者が供養をし、その“功徳”によって死者を極楽浄土に導くというシステムが社会的に求められたんです。
 でも、豊かな暮らしを多くの人々が享受でき、平均寿命が80歳に届かんとする現代では、こうした浄土教信仰の基盤が崩れつつある。都市部への人口集中や核家族化など日本古来の伝統に押し寄せる波も、もはやとどめようがない。私はそれらを悲観するよりも、「これで葬り方の『自由』を得ることができる」と歓迎したいと思っています。 
 日本の仏教が“葬式仏教”と揶揄されるようになって久しいですが、葬送の場において、仏教は役割を終えつつあります。それを象徴するのが戒名です。「戒名は、仏教の信者になった真の証」というのが仏教界の考えでしょう。しかし現代では仏教への信心によってではなく、社会的地位、もっといえばお布施の額によって戒名の立派さが決まります。私は「院号のインフレ化」と呼んでいますが、かつての村社会では有力な門家しか授かることができなかった“院号”が、今ではお金さえ多く払えば誰でも授かることができるようになりました。 
 背景にあるのが現代における“寺院経済”の歪みです。都市部では檀家との関わりが薄く、年忌法要も減少しているので、お寺としては葬式時のお布施が有力な収入源です。その際、院号のついた戒名を授けることで、より多額のお布施を得ようというのが寺院側の狙いなのです。
 現在では戒名の半数以上が院号のついた戒名とされ、50万円以上のお布施を寺院側に渡すことも珍しくはない。仏教とは、民に「平等」を説くことを旨としている教えのはずなのに、こうした戒名制度は明らかに矛盾しています。現実社会との乖離は、「葬式」のあり方を見直す気運の高まりと無関係ではないでしょう。葬式や告別式を行なわない直葬、海や川に遺骨を撒く自然葬といった葬り方が広がっているのは時代の“必然”です。
 ゼロ葬に移行することで、私たちは墓の重荷から完全に解放される。墓を造る必要も墓を守っていく必要もなくなるからだ。ゆえに、遺族に負担がかからない。 
 私たちは必ずしも墓が必要だと思うから、それを造っているわけではない。遺骨が残ることでそれを葬る場所を必要としているから、という面が強いのだ。『千の風になって』という歌が流行ったが、この歌の歌詞は「故人が『私はお墓に眠ってなんかはいない』と訴える」というのが趣旨である。この歌が約113万枚の大ヒットという形で支持されたように、皆、墓に故人がいるとは考えていない。千の風になって、もっと自由になった、あるいはなりたいと考えているのだ。
 故人のために親戚が集まりたいなら故人を偲ぶ食事会を開けばいいし、そこで遺族たちが思い思いに故人の「思い出」を語るなら、形だけの墓参りよりも、実りあるのではないでしょうか。

週刊ポスト2014年3月21日号ほかより 島田裕巳氏

3.広がる背景

こうした簡素なお葬式が広がっていくのは、家族関係の希薄さもあるでしょう。
また特に都会では墓地の確保が難しいなんて、お話もよく耳にします。
でも、それよりも故人が残された家族に迷惑をかけたくない、家族に少しでも財産を残してあげたい、という愛情。
ご遺族もお葬式ビジネスに乗るのではなく、真に故人を偲ぶことにお金を費やしたいという思いが強いからこそ、なんだと想います。

4.遺骨の行方

では、「3万円前後の手頃な価格で遺骨を引き取る新たなサービス」とは?

埼玉県にある見性院が「ゆうパック」で「送骨サービス」として焼骨の受け入れを始めているとのこと。
故人の宗教・宗派・国籍は問いません。
いわゆる戒名を持っている必要もなく俗名のまま納骨できるんです。
地域の限定もなく、日本全国から送ることが可能だそう。
料金は前払いで、永代供養料として基本料3万円(送料3000円は別途自己負担)を振り込むと引き換えに「送骨パック」が届けられます。
同院では、遺骨が届くと、まず骨箱のまま本堂の祭壇に安置し、お経をあげて供養してくれます。
その後、永代供養塔に運び、骨箱から骨甕を取り出して納骨します。

「ゼロ葬」など、こういった考えは、遺骨をモノのように扱うとして批判もあるようです。
でも島田さんの本などを拝見すると、そういったことじゃないんだと分かります。
お寺のこと、お墓のことについて、改めて考えさせられました。

ご参考まで

<参照サイト>

尊厳死宣言書や貢献契約書などの生前契約書(終活)「自分でやる法律手続き」

初めてでも簡単30分で出来る遺言書の正しい書き方「自分でやる法律手続き」

遺言で確実に遺言書の意思を伝える方法(公正証書遺言の書き方)「自分でやる法律手続き」

<葬儀後の相続>

素人でもできる相続登記の手順「自分で相続登記する方法」